未来の畜産女子育成プロジェクト事業

女子農高生 畜産大国へ
 JRA畜産振興事業の助成を受けた国際農業者交流協会の「未来の畜産女子育成プロジェクト事業」により、全国から選抜された20人の女子農業高校生。次世代を担う彼女たちは、女性が農業界でも活躍する畜産大国ニュージーランド(NZ)に行き、10日間、畜産について学びました。帰国後、畜産アンバサダー(大使)として、全国各地で研修成果を報告。この貴重な経験は、彼女たちの心に何を残したのでしょうか。
加藤 綾さん愛知県 有限会社 都築牧場勤務

 加藤綾さん(18)は2018年、高校3年生の夏に同プロジェクトに参加しました。NZ研修での加藤さんの学習テーマは「畜産の担い手」、キーワードに選んだのは「新規就農」です。
 今春、農業高校を卒業し、愛知県内の都築牧場に就職。自分の牧場を持つという夢に向かって歩み始めました。
 加藤さんの一日は、午前5時の搾乳作業から始まります。午前4時前には起床。牛舎に隣接する社員寮住まいなので、移動時間はありません。朝の仕事は9時には終わり、午後は2時半から6時半まで働きます。社長の都築邦明さん(50)は、無遅刻、無欠勤の加藤さんの真面目な働きぶりに目を細めます。

都築牧場の社長夫婦と

牛との出会いは高校 かわいくて一目ぼれ

 会社員の家庭に育った加藤さんが初めて牛を間近に見たのは、農業高校の入学後のことでした。当番で世話をしたホルスタインを見て、なんて大きくて、かわいいんだろうと一目ぼれ。3年生になると牧場への就職を見据え、放課後は牛舎で牛を観察して過ごしました。
 そんな自他ともに認める牛好きの加藤さんに、NZでの研修の打診が学校からあり、「行きたい」と即答しました。メンバーに選ばれ、東京での事前研修を経て、10日間の行程で現地の農場や乳業会社、加工工場などを訪問し、見聞を広めました。
 加藤さんのNZの第一印象は、放牧場が広いこと。地平線まで続く牧場風景に感動しました。何より驚いたのは、酪農家の地位の高さ。なりたい職業の上位に酪農家が位置し、裕福なイメージを持たれていました。酪農はNZの花形産業で、国民が酪農を見る目は日本とは違うものだったのです。
 加藤さんの中で、酪農への思いがさらに強まった出来事でした。

図: プロジェクトの流れ

NZ目指し高まれ 日本の酪農の魅力

 日本に帰った加藤さんは、どうすればNZのように酪農の価値を高められるか考えました。
 一つには、労働環境を整えること。その結果、担い手や従事者が増えることで働き方も変わり、職業としての魅力が高まります。
 もう一つは、消費者の酪農への認知度を上げること。加藤さん自身もかつて知らなかったように、消費者は牛のことをほとんど知りません。牛に興味を持ってもらえれば、そこから酪農への関心が広がるかもしれません。
 帰国後の報告会や畜産アンバサダー活動では、どうしたら畜産を魅力ある職業にしていけるかを、NZと日本の違いを踏まえながら、自分の言葉で発表しました。
 就職後に始めたインターネット交流サイト(SNS)では、得意のペン画で牛の特徴などを発信し、消費者に牛を身近に感じてもらえるよう努めています。

SNSで発信する自作のペン画「牛の顔図鑑」

作業内容を覚えて 何でもできる人に

 加藤さんの夢は、自分の牧場を持つこと。進学より牧場への就職を選んだのは、早く酪農の現場に飛び込み、作業を体に覚えさせたかったからでした。将来の夢のために、今は現場の作業内容を全て覚え、何でもできる人になるのが目標です。
 幸い都築牧場では、社員が必要な資格を取ることに積極的です。加藤さんは、家畜人工授精師と家畜受精卵移植師の取得を目指しています。
 都築牧場では、10代から20代の女性が、加藤さんも含めて5人働いています。都築社長は、「女性は牛を大事にしてくれて、仕事が丁寧。機械を導入しているので、男にしかできない力仕事はあまりありません」と、女性の就労を歓迎しています。
 加藤さんが任されている仕事は、牛追い、搾乳、哺乳、給餌、治療など。覚えることはたくさんあります。中でも一番気を使うのが搾乳作業。「搾乳は酪農の集大成。自分の不注意で台無しにしないか、今でも緊張します」と、やがて商品となる生乳を自分の手で扱う責任を感じています。
 加藤さんは将来、チーズやヨーグルトなど加工品も作れる牧場を経営したいと考えています。そのときのために、知識と技術を蓄える毎日です。

子牛の哺乳作業。「なでさせてくれる牛は、本当にかわいい」と加藤さん
中西 千里さん新潟県立長岡農業高等学校

 中西千里さん(18)も昨年、高校2年生で未来の畜産女子育成プロジェクトに参加した一人です。学習テーマは「畜産の担い手」、キーワードには「NZの酪農の問題点とその対策」を選びました。
 実家が肉牛農家の中西さんが両親の仕事を手伝うようになったのは、中学2年生からです。夜遅く牛舎から疲れて帰ってくる両親の姿を見て、少しでも力になれたらと思ったのがきっかけです。
 牛は、自分の言うことは聞かなくても、父親の言うことは聞きます。そんな父の姿は格好よく、中西さんの憧れの存在です。
 高校卒業後は大学に進学し、将来、実家に就農するつもりです。
 進路を意識し始めたときに、学校から同プロジェクトへの参加を勧められた中西さん。不安もあり悩みましたが、畜産を学ぶために外国に行けるのは、またとない機会と思い応募しました。
 帰国後に変化したことがあります。進路への具体的な道筋です。大学で畜産を学ぶことは決めていましたが、何をどう学ぶかまでは漠然としていました。それがNZで受けた刺激をもとに、経営学や土壌学、飼料作物の栽培法などにも関心を持つようになり、視野を広げることにつながりました。

重さ280キロの黒毛和種「瑛汰」を引き回す中西さん

現場で女性活躍 男女平等な関係

 もう一つ、中西さんにとって大きな発見がありました。それは、畜産業における男女のあり方です。NZでは、畜産に従事する人は、男性も女性も平等な関係で話し合い、仕事を進めていたのです。
 重い物を運ぶなどの力仕事が多い農畜産業。日本では、「大変だから」と女性の参画に消極的な雰囲気もあります。
 しかし、NZでは、細やかな作業が得意な女性の特長を生かすなど、畜産の現場で女性が生き生きと活躍できることを知りました。
 だからこそ自分が先頭に立ち、NZで感じたことを発信していこうと、中西さんは思いを強くしました。
 帰国後の畜産アンバサダー活動で、NZで体験したことや畜産の魅力を広島で発表する機会がありました。参集者の多くは農畜産業の経営者や従事者など、現場をよく知る人たちです。そんな畜産の大先輩たちが真剣に報告を聞いてくれ、「感動した」と言葉を掛けてくれました。
 日本の畜産を盛り上げていこうとする同志の存在や、みんなが自分たちを応援し、支えようとしてくれていることを感じ、とてもうれしく思いました。
 帰国後、家族も変化に気付きます。母からは「顔がきらきらしているね」と言われ、父からも「素直な気持ちで学んでこられてよかった」と声を掛けられました。

図: 日本とニュージーランドにおける女性の年齢別就業率の推移

増える農業女子 環境整備が必要

 高校では、動物科学コースで牛を専攻している中西さん。専攻する6人は、全員女子です。この日も学校の畜産実習で、体重280キロの黒毛和種「瑛汰」を引き回します。畜産担当の高橋康一先生(39)は、「長岡農業高校でも、生徒の男女比は男性3に対して女性は7。農業に関心を持つ女性が増えています。女性を担い手として捉え、環境を整えていくのは現実的です」と見ています。
 中西さんにとって牛は、物心ついたときからそばにいました。本当に牛が好きで畜産をやりたいのか自問する中、NZでの経験はその答えを教えてくれました。「自分は心から牛が好きで、畜産の道に進みたい」のだと。

中西さん(左)をはじめ、牛の専攻は全員女子
識者コメント

業界の意識を変え、女性活躍の道開く農林水産省 経営局 就農・女性課 農業教育グループ 大澤 香織さん

 日本では、基幹的農業従事者140万人のうち、女性は56万人とその割合は約4割を占めるものの、経営主、農業委員、JA役員に占める女性の割合はいずれも1割程度に留まっています。
 世界経済フォーラムが発表した男女格差を表す指標「ジェンダー・ギャップ指数2018」によれば、日本は149カ国中110位ですが、ニュージーランドは7位と女性の社会進出が進んでいる国といえます。
 そのような中、未来の畜産女子育成プロジェクトを通じ、ニュージーランドで畜産業における女性の働き方を学ぶことで、生徒たちは、畜産に携わる女性に憧れを抱き、ひいては畜産業にも憧れを持つようになりました。畜産への意識が変わる貴重な経験を得たように思います。
 さらに、同プロジェクトでは、知識や情報のインプットだけではなく、「女性にとって働きやすい畜産経営」を周囲に提案し、魅力を伝える畜産アンバサダー活動も行います。そのことで、①日本の畜産に関する探求学習や周囲からの指摘による気付きが生徒自身を成長させ、②若者の間で畜産の魅力度が高まり、③若者が畜産業を盛り上げる姿を見た農業者の意識も変わる――といった好循環の効果があるように思います。
 また、国内の他地域の学生とともに学び合ったという横のつながりは、彼女たちが進学・就職をしていく上での大きな財産です。
 女性農業者が農畜産業や地域で活躍するためには、家事・育児への家族の協力、周囲の理解、女性農業者の横のつながりが重要な要素となります。
 同プロジェクトは本人・周囲の理解を包括的に醸成し、未来の農業女子の育成に貢献するものと期待しています。

応援メッセージ

日本の畜産女子からのエール

上別府 美由紀さんのプロフィル

 鹿児島県生まれ。進学後、20歳で実家の種畜場に就職。23歳で独立し、4頭から黒毛和種の繁殖経営を開始。現在は繁殖雌牛210頭と育成牛25頭を飼う。2018年2月には、農林水産省の「農業の働き方改革検討会」で意見を述べた。

小田垣 縁さんのプロフィル

 兵庫県生まれ。進学後、2006年に20歳で親元就農し、両親と兄の4人で、独自ブランド「八鹿(ようか)豚」を生産する。現在、母豚115頭で育成豚1400頭を肥育。加工品も手掛ける。女性や若手の農業者の交流にも力を入れる。

事業名

未来の畜産女子育成プロジェクト(2018年度)
事業主体 公益社団法人 国際農業者交流協会

事業概要

 畜産業への女性の参画を推進し、次世代の畜産界を担う人材を育成するため、畜産業が盛んで、かつ女性が農業界で活躍するニュージーランドで、女子農業高校生を対象とした研修を実施する。畜産業の可能性を認識し、広い視野と国際感覚、表現力を養うことにより、若年層での畜産に対する意識改革を促す。